税理士 渋谷の本音
転換契約の純増加率の方が純粋の新契約の増加率よりも大きかった。
また、予定利率の引き上げなどの保険料計算基礎率の改定による低料のみならず、定期保険特約の更新型の導入や契約当初の保険料を安くする保険料の段階式支払いなども低料・定期化戦略の一環として推進されてきた。
このような低料・定期化による数量拡大路線は、顧客のニーズに対応した安価な保険料による死亡保障の提供という点で重要な役割を果たしたといえる。
しかし、バブルが崩壊し日本経済が転換期を迎えるなかで、このような数量拡大路線もまた重大な岐路に立たされている。
90年度に主力保険の低料が行われたが、バブル崩壊による環境変化により、その翌々年の92年度には、個人保険の新契約高は前年度を下回ることとなった。
それまでのトレンドならば、93年度は低料を実施するはずの年であるが、歴史的な低金利下で株式の含み益を大きく減少させた生命保険業界は、逆に93年度、94年度そして96年度と矢継ぎ早に予定利率の引下げによる保険料率のアップに踏み切らざるをえなかった。
こうして、名目GNPの伸び率がほぼ横ばいであるにもかかわらず、個人保険の新契約高は92年度以降95年度まで4年連続で前年度を下回るマイナス進展を続けている。
もっとも、前掲図Mにみるように純粋新契約はほぼ横ばいであり、転換契約の落ち込みが急である。
これは、契約転換制度が契約の下取りという性格から保険料の低下時にその効果を発揮するものであり、逆の場合には機能を果たしにくいからである(ただ、95年に発売された、やはり低料戦略の一環でもある生活(収入)保障特約と96年秋に損保の生命保険子会社対抗商品として発売された5年ごと利差配当商品が好調であったこともあり、96年度は僅かながら増勢に転じている。
もっとも、解約の増加から、保有契約件数は対前年マイナスになる厳しきである)。
さらに、個人保険の進展を保険料一時払い商品とそれ以外のものに分けてみてみると、80年代初頭からバブル期に、一時払い商品が新契約高の進展に大きく貢献していることがわかる(年金保険にもその傾向が見られるが、個人保険の方がより顕著である)。
個人保険の保険料が個人可処分所得に占める比率(保険料性向)をみたものであるが、ここ10年余り、一時払い保険を除く個人保険の保険料性向は、バブル期に緩やかに上昇しているとはいえはぽ横ばい(93年度以降はやや低下)であるのに比して、一時払い保険込みで見た場合は、バブル期に大きく上昇しその後低下傾向を示している。
以上から、成熟化した個人保険市場は、バブル期にやや伸びをみせたものの、それは一時払い保険によるところが大きく、一時払いを除く商品ではバブル期もほぼ横ばいで推移しており、バブル崩壊後はむしろ名目GNPの伸びよりも低水準に止まっているということができる。
今後、日本経済が高齢化に伴う貯蓄率の減少などからこれまでのような右肩上がりの成長が見込まれないとすると、個人保険市場の成熟度は一層深まるとみられるのである。
個人年金保険は、前述のように、バブル崩壊直後も他の金融商品に比しての相対的な高利回りから、個人保険のような落ち込みは見られなかった。
もっとも、一時払いを除く個人年金保険は、1991年度をピークに低下しており、1200兆円に及ぶ個人金融資産の吸収力の面で生命保険会社の年金保険も必ずしも順調ではないのである。
また、94年度に予定利率を引下げたため急激に落ち込んだが、他方で95年度には、96年4月からの予定利率の再引下げを見込んでの一時払い年金の駆け込み需要で急激な伸びがみられた。
そして、96年度は市場の低金利が続いているものの、予定利率の再引下げによる保険料値上げの影響で、保有件数・金額ともに対前年マイナスになるという大きな低下を示した。
このように、今日、個人年金保険とりわけ一時払い年金は、市場金利や他業態の金融商品の利回りとの相対比較で購入される商品になっている。
また、企業年金保険は高齢化を背景にした企業福祉の充実により、適格退職年金、厚生年金基金保険ともに95年度まではその受託資産量を順調に増加させてきた。
そのため、企業年金を含む団体年金の保険料積立金の総資産に占める割合も1975年度末の6%から95年度末には30%強にまでほぼ一本調子で上昇を続けてきた。
しかし、前述のように、94年度、96年度と引き続いた予定利率の引下げおよび生保の健全性に対する不安から、生保の厚生年金基金保険から投資顧問会社へと企業年金の資金を移す企業も見られる。
年金福祉事業固などの公的機関も、生保全社からの資金引上げに動いている。
そのため、96年度は、企業年金保険の資金は対前年10%近い純減になった。
さらに97年5月のN生命の経営破綻により、生命保険会社のなかでも、経営基盤の弱い会社から強い会社への資金移動が発生するものと予想される。
企業年金分野でも生命保険業界は大きな岐路に立たされているのである。
生保総資産はバブル期に対前年20%を上回ほど顕著に伸びたが、バブル崩壊後の91年以降は一桁台に落ち込み、94、95年度は5%台であった(96年度は、N生命の数値が不明であるが、企業年金資金の流失でさらに落ち込んだ)。
資産構成も大きく変わってきた。
生保の資産運用は高度成長期を通じて企業などへの貸付が大きなウェイトを持っていた。
1965年度当時は60%強の占率であった貸付金は、75年度まで趨勢的に増加を続け68%弱に達したが、75年度以降は日本経済の安定成長への移行や国債発行の増加を背景とした証券化の流れのなかで、次第に有価証券にとって代わられていった。
それでも80年度までは60%前後の占率を保っていた。
しかし、80年代に入ると下げ足を速め、とりわけ86年度には、遂に有価証券の占率と逆転し、88年度には34.5%まで低下した。
その後、89年から90年代初めには、市場リスクや為替リスクの大きい株式や外国証券を圧縮する一方でBIS規制対応を図る銀行の劣後ローンの引受けを活発化させたことから、貸付の占率はやや持ち直した。
ただ、93年度以降は、資金需要が低迷するなかで借入金の圧縮を図り、社債へのシフトを進める企業の財務活動を反映して貸付の占率は再び低下しつつある。
生保の有価証券投資は、高度成長期には貸付優先の運用スタンスが採られたことから、漸次そのウェイトを下げ、75年度には対総資産占率で21.7%にまで低下した。
しかし、その後、前述の証券化(発行市場の証券化のみならず証券流通市場の整備も大きい)の流れのなかで徐々に占率を高め、1985年以降のバブル期に急増し89年度には総資産の47.2%を占めるに至った。
その後、外国証券や株式投資の圧縮に伴い、一時期その占率を若干下げたものの、94年度以降連続してその占率を大きく上げている。
有価証券の種類別の対総資産占率の推移をみたものであるが、以下のような特徴が読み取れる。
1985年以降のバブル期に株式と外国証券が急速にその占率を高めた。
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